“不要不急”がヒットを生む、Z世代カルチャーに合わせて進化するアリババ

取材・執筆:高口康太

アリババグループの奇祭「タオバオ・メーカー・フェスティバル」。巨額の資金を投じて、とても売れそうにないショップも含め、ともかく勢いのある若人を集めてわいわい騒ぐイベントである。

連載第1回の「なぜアリババはタオバオ・メーカー・フェスティバルを開催するのか」では、このイベントが「売る」から「造る」への転換という、アリババグループの未来を担う重要なミッションを担っていることを解き明かした。第2回の「“カネ”よりも“好き”を追う!中国新世代スタートアップの創業物語」では、今年の出展者のインタビューを通じて、タオバオ・メーカー・フェスティバルが支援する新たな起業、“造る“起業とはどういうことかをお伝えした。

そして最終回にあたる今回では、中国の若者文化とはなにか、どのような意味を持っているのか、そしてアリババグループは若者文化をどう取り込もうとしているのかについて考えたい。

 

「一身にして三世を経る」激動中国

写真はタオバオ・メーカー・フェスティバルのリアルイベント

「沙県小吃(混ぜ麺やワンタンを激安で食べられる、中国を代表するB級グルメ)味のアイス、ダンスクラブ風に改造された伝統衣装、ペット用のウェディングドレス……杭州市で開催されたタオバオ・メーカー・フェスティバルの発表会会場にずらり並べられたアイデア商品の数々だが、それを見た中高年の市民たちは一応に“いったいなんなんじゃ、こりゃ”とうめいていた」

(澎湃新聞、2020年7月31日)

今年のタオバオ・メーカー・フェスティバルはウェブ開催以外に、大型トラックを改装したショールームが杭州市など中国4都市を巡回するリアルイベントを組み合わせる形式で実施された。そのリアルイベントを見た、中高年の困惑を報じたのが上述の一文である。

まあ、中国の中高年が今の若者たちのセンスを理解できないのも無理はない。というのも、中国は超高速で社会変化、発展を続けてきたからだ。1978年、改革開放が始まり市場経済を導入し、世界の工場と呼ばれる製造業の大国となった。2002年には世界貿易機関(WTO)に加盟、世界中の投資が入ってくるようになる。生活水準が向上し、世界の市場としてさまざまなサービスを享受するようになった。40年前の1人当たりGDPはほぼ世界の最貧国レベルだったが、2020年現在には1万ドルを突破するまでに成長した。このペースで経済成長が続けば、数年以内に1人当たりGDPが1万2000ドルを超え、いわゆる高所得国入りを果たすことになる。

約40年間という期間で、最貧国から高所得国へのジャンプアップを遂げる。しかも14億人もの人口大国がこれほどの急成長をとげるのは、世界史上に他に例のない奇跡的現象だ。かつて福澤諭吉は「一身にして二世を経る」との言葉を残した。明治維新以前と以後、1回の人生で2つの異なる時代を生きたという意味である。その言葉にならうならば、今の中国人は「一身にして三世を経た」人々がごろごろしている。ごりごりの社会主義をやっていた建国後の時代、猛烈な工業化を成し遂げた20世紀(改革開放時代)、そして消費社会化が進展する21世紀と、ごく短期間の間に次々と時代が切り替わっている。

これだけ短期間に圧縮された発展を遂げた以上、世代ごとにセンスや考え方がまるっきり違う。日本を訪問する中国人観光客を見ていても、年代ごとのファッションやマナーの差は明らか。個人的に衝撃だったのは声の大きさだ。中高年は声がでかいが、若者になると声が小さくなる傾向は明らかだ。

 

平均年齢25歳!ゆるふわ起業が未来を生む

さて、世代ごとにがらりと性質が変わる以上、若い世代に対応していかなければ、新規ユーザーの獲得ができなくなってしまう。2016年、第1回タオバオ・メーカー・フェスティバルが開催される前に、当時アリババグループCEO(最高経営責任者)の張勇(ダニエル・チャン)は「ユーザーが若くなればなるほど、タオバオも若く変わらねばならない」と発言し、若者世代の取り込みを続ける方針を示した。タオバオ・メーカー・フェスティバルもこの戦略の一環だったわけだが、その戦略は成功したと言えそうだ。

アリババグループの董本洪(クリス・タン)CMO(最高マーケティング責任者)は7月30日の記者会見で、タオバオに関する最新データを公表した。なんとショップオーナーの平均年齢は25歳にまで下がっているという。1995年から2000年に生まれた、いわゆるZ世代と呼ばれる人々がタオバオオーナーの中心となっているわけだ。現在では毎日4万ものショップが開業しているというが、なにも中国の若者たちがみなタオバオオーナーとして働くようになったわけではない。本業は別にありながらもちょっと小商いしてみたい、自己表現してみたい、そうしたニーズを叶える場としてタオバオが活用される、そうしたトレンドが生まれている。

タオバオ・メーカー・フェスティバルに出展された新感覚・漢服(唐の時代の衣裳)。

以前にお話を聞いた、あるお茶ショップのオーナーは子どもの頃からのお茶好き趣味を爆発させ、どうしても自分の好きなお茶を製造、販売したくなったのだとか。今のところはお茶を本業にするつもりはなく、自分の満足いくだけの範囲で営業していく方針だ。連載第2回で紹介した、バイク部品を使って芸術品を造る呉陽徳(ウー・ヤンダー)さんも金には興味がなさそうだ。むしろ自分の宝物を手放したくない、写真や映像で見てもらうだけで満足という考えだった。タオバオはメーカー・フェスティバルをはじめたのと同じ2016年からソーシャルコマース戦略を導入している。それはファンコミュニティや動画配信を活用したライブコマースなどの機能が含まれている。タオバオは基本機能無料で利用することができるので、商売っ気のない人も気軽に利用できてしまう。

タオバオ・メーカー・フェスティバルの出展品の1つ、「蘭州ラーメン・パン」。

一方で、連載第2回で取りあげたペットフードブランドの「太妃TAFFEE」のように、本業としてしっかり取り組む起業も少なくない。創業者の黄●曦(ホワン・ランシー、●は欄の木へんを文へんに変えたもの)さんは、「もう300万元(約4500万円)突っ込んでますから!私たちも必死です」と背水の陣だとアピールしていたが、そこで出てくるビジネスアイデアが「ネコと一緒にミルクティーを飲めたら楽しいよね」というゆるふわな点が面白い。

「ペットとお茶を飲む」「普段着として着られる伝統衣装を作ってみた」「日本発ゴスロリ風のブランドを作ってみた」「楽しく電子工作を学べる教育玩具を開発した」……タオバオ・メーカー・フェスティバルに並ぶ商品は“不要不急”のものばかり。だが、それこそが豊かになった今の中国人が求めるものであり、次のヒット商品を生み出すカギなのだろう。

 

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