なぜアリババはタオバオ・メーカー・フェスティバルを開催するのか

取材・執筆:高口康太

 中国EC(電子商取引)大手アリババグループによる祭典「タオバオ・メーカー・フェスティバル」が2020年7月30日に開幕した。このイベントは「メーカー」の名前がついているとおり、マーチャント(出店者)を主役にしたもので、今までにはなかったちょっと面白いもの、オリジナリティがあるプロダクトを制作、販売しているマーチャントを集めたイベントだ。

 昨年までは大型会場で開催し、全国から集まった出店者、参加者がひしめきあっていたが、5年目を迎える今年は新型コロナウイルス流行の影響もあり、リアルとバーチャルの融合という形式が取られた。リアルでは7月30日から8月23日にかけて、浙江省杭州市、陝西省西安市、四川省成都市、そして湖北省武漢市で開催される。ショップに改造された大型トラックが上記4都市を巡回する形式だ。

 そしてバーチャルでは8月10日から13日までの4日間、スマートフォンアプリ「タオバオ」上で開催される。「国風」(中国伝統文化)「科学技術」「美食」「アパレル」「二次元、ペット」「奇想」という6つのバーチャルパビリオンが用意されている。ちょっと面白いのがこのバーチャルイベントとしてのタオバオ・メーカー・フェスティバルは、3Dアバターを使った「タオバオライフ」、自分のバーチャルハウスをデザインできる「タオバオホーム」というカジュアルゲームと連携している点だ。パビリオンをめぐると、バーチャルアイテムを獲得でき、アバターを着飾ったり、自宅にガジェットを置いたりという楽しみ方もできる。

バーチャル展示会の悩み、セレンディピティをどう実現するのか?

 このタオバオ・メーカー・フェスティバルではどのような展示が行われているのかについて紹介する前に、その秀逸なシステムについてご紹介したい。新型コロナウイルスの流行により、今後相当長期にわたり、大型イベントの中止、あるいは規模縮小が続くことは間違いない。従来通りのイベントが開催できない分はデジタル技術を活用することで埋め合わせるしかないのだが、その手法についてはまだ最適解は見つかっていないのが現状だ。ハイクオリティなウェブコンテンツや動画を作成する、動画の生配信やチャットによってリアルタイムの交流を実現するといった手法を組み合わせつつ、いかに参加者に快適な体験を与えるかをめぐってさまざまな取り組みが行われているが、決定的に欠けているのがセレンディピティ(偶然の出会い)だ。私もバーチャルモーターショーやオンライン交易会など、いくつかのバーチャルイベントを取材した。基調講演を聞く、あるいはお目当てのブースで話を聞くという点ではオンラインでもさほど不便は感じない。移動時間を考えれば、むしろ効率がいいぐらいだ。

 問題はもともとお目当てではなかったトピックに偶然出会うことが難しいという点にある。リアルでイベント会場を訪問していれば、お目当ての場所に向かうまでに他のブースも目に入る。時間があまれば周りを一回りして、気になるものが見つかるかもしれない。そうした偶然の出会いこそが展示会の最大の醍醐味だ。ところがバーチャルでは効率が良すぎて、お目当てのブースや講演に直行直帰することが可能だ。リアルならば、会場をぐるりと見渡すだけだけでさまざまな情報が飛び込んでくるが、バーチャルでは1つ1つブースをみなければならないのでかなり手間だ。結果としてお目当て以外の情報とであうこと、すなわちセレンディピティが劇的に低下している。

 今回のタオバオ・メーカー・フェスティバルは興味がない店舗をめぐることでバーチャルアイテムを獲得できる、毎日ログインするといった条件を満たすことでボーナス、無料で商品を獲得できる抽選といった、「興味がないブースに人を導く仕組み」が用意されている。

 またパビリオンの中でショップを見て回るユーザーインターフェイスも秀逸だ。スマホ画面を上下にスワイプするだけで、スピーディーに次のショップに表示される。中国は世界トップクラスのモバイルインターネット大国であり端末もアプリも洗練されているが、その開発能力が遺憾なく発揮されている。日本でも今後しばらくはバーチャルイベント、オンライン展示会の開催が増えるが、主催者やシステム開発者の方はぜひともチェックして欲しい。アイフォーンのApp.Store、グーグルのGoogle Playから「手机淘宝(タオバオ)」のアプリをダウンロードし、ログインした後に検索窓から「造物节」と検索すると、バーチャルパビリオンにたどりつく。

 

 

アリババはタオバオ・メーカー・フェスティバルで何を目指しているのか?

 さて、ずいぶんと遠回りをしてしまったが、ここでタオバオ・メーカー・フェスティバルでは何が展示されているのか、そもそもアリババは何を目的としてこのイベントを開催しているのかについてご紹介したい。

 実はこれがすさまじく難しい。今年5回目の開催となるタオバオ・メーカー・フェスティバルだが、アリババグループは第1回からかなりの力のいれようで、日本メディアも相当数招待され取材してきた。だが、あまり記事は出ていない。それは何をしているのか、とてつもなくわかりにくいという点にある。

 アリババのイベントといえば、毎年11月11日に開催されるネットショッピングセール、ダブルイレブンが有名だ。こちらはともかくわかりやすい。2019年には24時間で2600億元(約4兆円)超を売り上げた、世界最大のセールである。消費者にとってはお得な値段で買い物ができるチャンス、マーチャントにとっては売上を伸ばし自社ブランドの認知を挙げる機会、そしてアリババグループにとってはアリババ経済圏に新たなユーザーやブランドを招き入れる看板となる。

 だが、タオバオ・メーカー・フェスティバルでは売上は目的ではない。実際、参加するブランドには「面白いけど、ほとんど売上がないマーチャント」がごろごろしている。

 筆者が昨年までに取材したマーチャントには「日本在住の中国人留学生。天然石の収集が趣味で、日本で入手した石をタオバオで販売していたら、出店を呼びかけられました。売上?ほとんどないです」という方や、「ブラジリアン柔術のセミナーを開いています。まだ自分の道場は持ててなくて、人のジムに間借りしているだけですけど」という方など、タオバオで“食べていない”、つまり本業としていないマーチャントがかなりの割合を占めていた。すごいブランドが、すごい金額を売っている……ならば記事になるが、売れてないけど面白いものを作っている、売っている人が集まりますでは記事にしづらい。

 だが、そんなメディアの戸惑いを意に介さず、アリババグループはタオバオ・メーカー・フェスティバルに力を注ぎ、年々その規模を拡大させてきた。そこにはタオバオを「売る」場所から「造る」場所へと転換させたいという狙いが秘められている。

 タオバオは誰でも簡単にネットショップを開設できるサービスだ。道端の露店で小商いをして食い扶持を稼ぐのと同じような感覚で、ネットショップを開設して生計を立てている人も多い。販売されている商品の多くは一般的に流通されているものだ。つまり、他のショップと商品で差別化することはなく、サービスやおまけ、あるいは人間関係といった別の付加価値でマーチャントは勝負してきた。

 しかし中国の変化は大きい。ほとんどの商品は正規ショップがネットでも流通させるようになった。有力ショップはアリババグループが持つ有力ブランド限定のネットショッピングモールのTモールに出展している。零細ショップが集まるタオバオよりも、Tモールで買い物するほうが安心できる。さて、こういう状況でタオバオはどのようにして生き残るのか、中小零細マーチャントはどうやって食べていくのか。

 そこで求められるのが「売る」から「造る」への転換だ。技術の進化、時代の変化に伴い、中小ショップの「売る」はやりづらくなったが、一方で資本を持たない零細事業者でも「造る」はやりやすい時代となった。お金も人もなくても、ちょっとしたアイディアとやる気さえあれば、「造れる」時代となった。そのオリジナリティあふれるプロダクトを販売する場所として、タオバオを再定義する試み。それがタオバオ・メーカー・フェスティバルではないか。

 今はまだ変化が始まったばかりだが、アリババグループはこの動きを強烈に推進している。今年のタオバオ・メーカー・フェスティバルからは過去に参加したマーチャントも含め、オリジナリティあふれる商品のランキングを作成すると発表した。安いものが買える、コスパがいいという実用一点張りの基準を脱し、面白いものが買える場所としてタオバオを生まれ変わらせるチャレンジ。その最先端の場として理解すると、タオバオ・メーカー・フェスティバルに出展されている「とても儲かる気配を感じさせないプロダクト」が輝いて見えてくる。

 次回は今年のタオバオ・メーカー・フェスティバルに出展しているショップとそのプロダクトの中から、気になったものをご紹介したい。

 

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