販売チャネルのオンライン化が経営を根本的に変えた、ベビースマイル山藤社長が紐解く中国事業の成長ストーリー
「Healthcare for Baby、これが当社の理念です。赤ちゃんのためのトータルケアを提供しております。」
電動鼻水吸引器、体動センサー、非接触式体温計、おしりケアスプレー、電解次亜水メーカーなど、さまざまな赤ちゃん用品を前に胸を張るのがシースター株式会社の代表取締役社長 山藤清隆氏。同社は赤ちゃん向けのヘルスケアブランド「BabySmile」(ベビースマイル)を展開しているが、その商品は日本のみならずアメリカや中国でも人気となった。2018年にアリババグループの越境EC(電子商取引)マーケットプレイスのTモールグローバルに旗艦店をオープンした後、閲覧者数も売上も右肩上がりでの成長が続いている。従業員88人、決して大きいとはいえない会社が世界に羽ばたくまでには、きわめてユニークなストーリーがあった。
ニセ札センサーから福祉、そして赤ちゃん用品へ
シースター株式会社は1987年の創業(当初の名称はシースター電子開発)。センサーの受託開発から事業を始めた。コピー機の紙詰まり検知やカジノのニセ札検知用センサー、駅プラットフォームの危険区画警戒センサーなど赤ちゃん用品とはまったく無関係の製品を作り続けていた。
その後、1995年に火事で娘を失ったことをきっかけに、山藤社長は人助けのための技術を活用したいと福祉事業に取り組む。体をまったく動かせないALS(筋萎縮側索硬化症)患者のために、目線の動きだけでメッセージを入力できる意思伝達装置「伝の心」を開発したほか、2000年代に入ると、指先から血中酸素濃度を測るパルスオキシメータの従来品の3分の1以下という低価格で市場に送り出し、大ヒットを飛ばしている。「医療機器の価格を下げれば、新しい市場ができる。そうした学びがありました」と山藤社長は振り返る。このパルスオキシメータはコロナに苦しむ患者の血中酸素濃度を測るためにも活用されており、現在フル回転で製造されているという。
赤ちゃん用品を作るきっかけとなったのが吸痰器だった。電動ポンプで痰を吸い出す機械で、もともと自分で痰を吐けない体の不自由な方を対象としていたのだが、意外なところから引き合いがあった。小さな子どもを持つ親御さんだ。赤ちゃんや子どもはうまく鼻をかめずに中耳炎になってしまうことが多い。昔は親が吸い出してやるのが当たり前だったが、衛生面で問題がある上に力加減も難しい。かといって放置して中耳炎になると大変だ。日本では抗生物質を投与する治療が一般的だが、本来は鼻水さえ吸い出せば簡単に予防、治療できる。急痰機が売れていたのは、『これを使えば子どもの鼻水を簡単に吸い出せる』と、口コミで話題になっていたためだった。そこで赤ちゃん向けにさらに低価格化、小型化した電動鼻水吸引器を2010年に開発した。医師による研究で、電動鼻水吸引器を活用すると風邪にかかった赤ちゃんの処方薬を減らせるといった効果も確認され、電動鼻水吸引器はヒットした。
中国では思わぬ製品が人気に
中国は赤ちゃんをとても大事に育てる国として知られる。高額な海外輸入製品でも買おうという親は多い。中国人旅行客の間でも、友人や親戚のためにと日本で赤ちゃん用品をお土産として買う人は少なくなかった。となれば、日本の親に評価されたベビースマイルの鼻水吸引器に人気が集まるのも当然といったところだろうか。
「ところが、ちょっと事情が違いまして…」と山藤社長は少し恥ずかしそうに話した。実は中国市場で一番売れている商品は鼻水吸引器ではなくて、赤ちゃん向けの電動歯ブラシだという。「BabySmile Rainbow」というこの製品は震動によって歯磨きをサポートするだけではなく、歯ブラシが色を変えながら光輝くというおもちゃのようなつくりをしている。「異物を口に入れたがらない赤ちゃんも興味を持ってくれる。それで歯磨きの習慣がつくというアイデア商品なのです」と山藤社長は説明する。
なるほど、Tモールグローバルで「児童用電動歯ブラシ」で検索すると、国際的オーラルケアブランドと並んでベビースマイルが上位に表示されるという人気ぶりだ。Tモールグローバルの旗艦店に寄せられたコメントを見ても、「ピカピカ光るから赤ちゃんがすごい喜ぶの」「2回チャレンジしただけで、もう赤ちゃんが歯磨きを受け入れてくれるようになった」「歯ブラシの毛が丈夫で安心」などの高評価が多い。
「そのあたりが難しいのですよ。赤ちゃんの歯茎が傷つかないぐらいの柔らかさとすぐに歯ブラシがダメにならない堅さとのバランスで、日本と中国では感覚が違うところです」と山藤社長。
ダブルイレブンのたびに中国事業が成長
本気で赤ちゃんのために作っているブランド。その思いをどう伝えるか――。そのための施策がまさにTモールグローバルでの旗艦店立ち上げだ。「オープンは2018年8月。中国最大のショッピングフェスティバルである、11月11日の「天猫ダブルイレブン」に参加するためには、その3カ月前に自社旗艦店のオンラインストアを開いていないといけないという決まりがありまして。大慌てでした。」
シースター株式会社の営業部部長 宮永敦子氏はそう振り返った。大忙しの日々だったというが、その成果は間違いなくあったという。
「旗艦店立ち上げ当初はアクセスしてくれるお客さんが1日1000人ぐらいだったのです。それがダブルイレブンで2000人に跳ね上がって、セールが終わってもその数は下がらないので、純粋に旗艦店の認知が上がったと実感しました。その後も大物インフルエンサーに宣伝していただいたり、2019年の天猫ダブルイレブンという節目のたびにアクセスが伸びて、その後も増加した数のまま推移するのです。」
こうしてTモールグローバル旗艦店の注目度が増していくと、うちの店に卸して欲しいという引き合いがくるなど副次的な効果もあったと宮永部長は話す。Tモールグローバルでは毎月のようになにかしらのセールが行われ、さらには超大物インフルエンサーによるライブコマース(生配信とネット通販の融合)などのイベントも多いが、そうした“お祭り”がビジネスの熱を高めている。
3回目の天猫ダブルイレブンとなる今年、それに向けての準備も万端だという。ベビースマイルではほぼ毎日、東京から中国消費者に向けて中国人社員によるライブコマースが実施されている。さらに赤ちゃんを持つ親が集まるコミュニティサイトで、電動鼻水吸引器のテスターを募集した。今、人気の歯ブラシだけではなく、看板商品の鼻水吸引器のマーケティングにも余念がない。「テスターには3万人も応募していただきました。そのうち100人にベビースマイルの商品を無料提供させていただきましたが、落選した2万9900人にはうちの旗艦店の割引クーポンをお渡ししています」と宮永部長。外部サイトでのマーケティング施策もTモールグローバル旗艦店への集客につなげる、一石二鳥の作戦だ。
従業員によるライブコマース、大物インフルエンサーによる紹介、外部サイトでのテスター募集……などなど、さまざまな施策を打っているベビースマイル。事業の成長に一番“効いた”のはなんだったのだろうか?
そう質問すると、宮永部長はちょっと困ったように「いや、それがまだはっきりわからないのです。なにせ、オープン以来ずーーーーっと右肩上がりなので」と答えた。
今年の天猫ダブルイレブンに向けた数値目標は公開していないが、約2000万円を売り上げた昨年を大きく上回る結果を目指している。販売する商品は事前に中国国内にあるアリババグループ傘下の菜鳥(ツァイニャオ)の保税倉庫に納品する必要があるが、「年末まで持つレベルの在庫を納品済み」(宮永部長)とのこと。天猫ダブルイレブンでの成功に期待を高めている。
売上はもちろんのこと、ベビースマイルというブランドと旗艦店の認知を高めること、そして赤ちゃん向けトータルケアという企業のコアバリューを中国の消費者に伝えることが今後中長期の注力ポイントとなる。
「私たちのバリューは必ず伝わると思っています。国は違っても赤ちゃんを思うお母さんの気持ちは同じですから。」
山藤社長は自信たっぷりに話している。
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