【新発想】今の脱炭素対策に足りないモノを知っていますか?
環境問題への取り組み、とりわけ脱炭素は、今やCSR(企業の社会的責任)の域を超えて企業の生き残りを賭けた最前線となり、世界中の企業が知恵を絞る分野となった。そこで本稿ではグローバルに事業を展開しているテック企業であるアリババグループ(以下、「アリババ」)が、どのようなグリーン・イノベーションを生み出したのか、そしてテクノロジーだけでは達成できない、どのような課題に取り組んでいるかを取り上げたい。
国によって異なるデータセンターの“グリーン化”
脱炭素の取り組みを評価する国際的基準にGHGプロトコルがある。以下3つのカテゴリーは温室効果ガス排出量を測定し、削減するための区分を示している。
・スコープ1:自社が所有、または管理する事業からの排出
・スコープ2:外部から購入した電力、蒸気、熱による排出
・スコープ3:原材料の調達や商品の輸送や販売、従業員の移動など間接的な排出
一般的にイメージされる企業の経営活動に相当するのはスコープ1、スコープ2だろう。この範囲におけるアリババの温室効果ガス排出量は422万トンと推定されている。(『2021年アリババグループ・カーボンニュートラル・アクションレポート』)。
そのうち、87.9%は外部からの電力調達によって占められている。電力消費が最大の排出源となるのは、IT企業にとっては一般的だ。
「IT企業にとって、最大の温室効果ガス排出源はデータセンターである」と、国連レポート「企業カーボンニュートラル・ロードマップ(2021年)」は指摘する。ITサービスの多くはデータセンターによって担われるようになったが、その使用には膨大な電力が必要となる。
今や全世界の電力消費量の1%はデータセンターによって消費されているとの試算もある。不可欠な社会インフラであるデータセンターの能力を維持しつつ、環境負荷をいかに下げるかが今、問われている。
そのための取り組みには、大きく分けて「グリーンエネルギーの活用」と「省エネ」という二つのアプローチがある。
まず前者だが、各国の巨大テック企業は地域によって異なる方式が採用されている。
米国の大手IT企業ではPPA(Power Purchase Agreement、電力販売契約)モデルの採用が進んでいる。外部の電力事業者が発電設備の設置・運用・保守・監視を担い、IT企業がその電力を買い取る仕組みだ。前述の国連報告書によると、グーグルが2.7GW(ギガワット)、フェイスブックが1.1GW、アマゾンが0.9GW、マイクロソフトが0.8GWの契約を交わしている。上記4社で2019年時点における全世界のPPAモデル発電量の28%を占めている。
一方、中国では、グリーン電力証書を受けた電力を公開市場から購入するという仕組みが作られている。ブルームバーグNEFによると、アリババクラウドは2021年に269 GWh(ギガワットアワー)を購入し、中国最大のグリーン電力調達企業となった。2030年までにはアリババクラウドの全消費電力をグリーン電力に転換する計画だ。
データセンターの効率化、最先端技術の実験場に
もう一つのアプローチである省エネは、データセンターを持つ世界のIT企業が技術を競い合う領域だ。データセンターの電力消費効率を示す指標にPUE(Power Usage Effectiveness、電力使用効率)がある。
これは、データセンター全体の消費電力をサーバーなどICT機器の消費電力で割った値だ。データセンターの中核的機能を担うのがサーバーだが、冷却などにも電力が消費される。PUEが低いほど効率が高いことを示し、最高値である1はサーバー以外の無駄な電力消費が一切ないことを表している。
アリババが擁する最先端のデータセンターは2020年9月に稼働した浙江省余杭市の仁和データセンターであり、そのPUEは1.09、世界最先端レベルを誇る。
この水準を実現するにはさまざまなテクノロジーが必要だが、その一つが液浸冷却技術だ。風を送って冷却する空冷式や冷却水を循環させて冷やす通常の液冷式とは異なり、基盤を液体冷媒に浸す方式を採る。外気温に左右されずに、サーバーの安定した性能を引き出せ、液浸冷却技術の冷却効果がより高く、しかも空冷式と比べ70%以上の省エネ効果があるといったメリットがある。
さらに、アリババはサーバー用CPU「Yitian(イーテン) 710」、AIチップ「HanGuang 800(含光 800)」などの独自開発も進めている。エネルギー効率の向上とデータセンター処理能力の強化を両立させるためには、ハードウェアとソフトウェア両方の改善が不可欠となる。Yitian 710は発表時において、業界標準のCPUと比べて性能で20%、電力効率で50%以上も優れているという測定結果も出ている。
グリーン・イノベーションに伴い、電力効率は日進月歩で改善が続いている。アリババによると、10件のネットショッピングの注文処理に消費されるエネルギーは、2005年の第1世代データセンターでは「ゆで玉子4つ分」だったが、2021年時点では「半熟うずら卵をどうにか1つ」作れるところまで削減している。
人の“意識”をどう変えるか?
カーボンニュートラルの実現はデータセンターの改善だけでは不十分だ。アリババにとって、電力に次ぐ温室効果ガス排出源となっているのが物流であるため、配送ルートの効率化、EV配送車の導入、包装材の節約とリサイクルなどにも取り組んでいる。
また、オフィスの省エネ化、通勤・出張をより環境負荷の少ない方式に切り替えることも必要だ。照明や空調の温度調節を自動化するといったソリューションも導入されてはいるものの、最終的な成否を握るのは従業員一人ひとりの協力となる。
「オフィスの照明をこまめに消せ」「タクシーに乗るな」「出張を減らせ」などと指示するのは簡単だが、空調が切られた、暗く、居心地の悪いオフィスの中で従業員がこっそり仕事をするようなことがあっては意味がない。
人の意欲をいかに引き出すか?
実はこの分野でアリババは豊富なノウハウを持っている。推奨された行動をすると特典がもらえる、いわゆるゲーミフィケーション(ゲーム要素を取り入れることで、利用者の意欲向上やロイヤリティー強化を図ること)をさまざまな形で提供してきた。
毎年11月に開催される中国の一大ショッピング祭り「天猫ダブルイレブン(俗称:独身の日セール)」では、リアルショップを訪問すると割引クーポンがもらえるといった手法が毎年企画されており、消費者がより積極的にキャンペーンを楽しめるような工夫が施されている。また、今年の北京冬季五輪では、主題歌をソーシャルメディアにシェアする、毎日たくさん歩くといった行動に応じたポイント付与やギフト抽選への参加という仕組みも提供し、五輪ムードの盛り上げを支援した。
このゲーミフィケーションを脱炭素の分野に取り入れる試みが始まっている。アリババは社員向けに、出張時にタクシーを使わずバスを使うとポイントがもらえる「歓豆」(ホワンドウ)や、資源ゴミのリサイクルや両面コピーをするとポイントがもらえる「有心」(ヨウシン)などのサービスを提供している。
エネルギー・エキスパート・プラットフォームで低炭素化キャンペーンを実施(写真提供:アリババグループ)
また、温室効果ガス排出量を可視化するアリババクラウドの「能耗宝」(エナジー・エキスパート・プラットフォーム)というソリューション・サービスにもゲーミフィケーション機能が組み込まれ、提供が始まっている。
このソリューションは温室効果ガス排出量や再生可能エネルギー利用量を可視化し、政府のグリーン補助金申請までバックアップするなど多くの機能をひとまとめにしたものだ。エナジー・エキスパート・プラットフォームの周文聞(ジョウ・ウェンウェン)総経理は、「将来的には調達、製造、販売、資金調達、ブランド構築などのすべてが脱炭素対策と密接に関係するようになる」と話す。経営と脱炭素対策が不可分になる未来を見すえ、関連情報などをまとめたワンストップ・ソリューションを提供する狙いだ。
このエナジー・エキスパート・プラットフォームには、ゲーミフィケーション的な機能も備わっている。導入した中国美術学院の事例をあげると、「資源ゴミのリサイクルに参加」「自転車旅行などエコ休暇を選択」「バザーに中古品を出品」「ゴミを出さないよう学食を完食」などのエコな行動を取るとポイントがもらえ、ポールペンやコーヒー無料券などのちょっとしたギフトに交換できるという。楽しみながら脱炭素対策を学んでもらえるという教育効果を狙っている。
世界の課題
このようにアリババはGHGプロトコルに基づくカーボンニュートラルを実現すべく、積極的な取り組みを続けている。
だが、それでもなお大きな課題が残っている。この課題はプラットフォーム企業というアリババの特性に大きくかかわっている。
GHGプロトコルは自社の事業とバリューチェーンからの温室効果ガスを対象としている。しかし、プラットフォーム企業の場合にはその外側に多くのビジネスが存在する。たとえばネットショッピングの場合では、プラットフォームに出店しているブランドなどが挙げられるが、GHGプロトコルに基づけば出店ブランドの温室効果ガス排出量はプラットフォーム企業のものとして計上されず、その排出量削減の責務を負わないことになる。
だが、プラットフォーム企業は自らを取り巻くパートナー企業や消費者に本当に関与しなくていいのだろうか?この問いにはまだ正解がないままだ。
そこで、アリババは昨年、スコープ3+という新たなコンセプトを提唱した。GHGプロトコルに含まれない、プラットフォームに参加するエコシステム全体の脱炭素を推進するもので、アリババは2035年までにプラットフォームに参加する企業全体で延べ15億トンの温室効果ガス削減を達成するという目標を打ち出した。
具体的な施策についてはまだ手探りというのが現状だが、すでにいくつかの計画は実施されている。この4月からスタートしたのがカーボンラベル制度だ。カーボンフットプリント(製品の、原材料の調達から製造、廃棄にいたるまでに必要な温室効果ガスの総量)が少ない、エコなプロダクトを認証するものだ。
アリババが策定に協力し、3月末に施行された中国標準化研究院によるカーボンフットプリント測定ガイドラインを活用し、エコな商品かどうかが一目で消費者にわかるようにする。環境に配慮した商品の開発、販売がビジネスの成功につながるようにするための支援だ。
同様に温室効果ガス排出量の少ないグリーン旅行を推奨する仕組みも採用した。そのほか、ユニークな取り組みとしては、新品販売主体のEコマースプラットフォームでありながら、中古品の売買ができるリユース品マーケットプレイス「閑魚(Idle Fish)」を強化している。
スコープ3+に関する取り組みはまだまだ始まったばかりである。アリババの今後の取り組みも期待されるが、プラットフォームに参加するエコシステム全体の脱炭素化という世界共通の課題に、他のプラットフォーム企業からどのような答えが示されるのかも注目される。
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